おかげさまで創立50周年 おかげさまで創立50周年

Intelligent Quartzを追求し、さらなる飛躍を。

地域社会や自然と共生し、産業界と社会に貢献する企業を目指し、
次の50年に向けて新たな一歩を踏み出しました。

信越石英株式会社 代表取締役社長 加藤 俊幸

50周年ロゴマークについて

信越石英株式会社 50周年記念ロゴ

50周年記念LOGOに込めた思い

信越石英(SQP:Shin-Etsu Quartz Products)の基盤となる石英ガラスの輝きや透明感、高純度をモチーフとし、「SDGsへの取り組み」、「Global社会への貢献」、そして、「信越石英に携わる人々の幸福」を追求し、みなさまと共に持続的発展を目指す企業でありたい、という思いを込めています。

数字50で見る
信越石英

History

年表

社長
信越石英のあゆみ
世の中の出来事
 
1971昭和46年
5月
信越石英(株)設立基本契約締結信越化学工業(株)、へレウス社 双方50%出資
 
1972昭和47年
2月
信越石英(株)設立
7月
へレウス社で技術習得実習武生工場から5名派遣
11月
武生工場完成ルツボ製造、ボート/チューブ加工操業開始
11月
大津営業所(現 関西営業所)開設滋賀県大津市 / 信建産業(株)事務所に間借り
1972

札幌五輪・ミュンヘンオリンピック

 
1973昭和48年
2月
埼玉工場完成埼玉県入間市 / チューブ加工開始
1973

オイルショック

 
1975昭和50年
 
光通信用チューブ販売開始
8月
本社移転移転先:東京都港区三田
 
 
1977昭和52年
6月
本社移転移転先:東京都新宿区西新宿
10月
るつぼ製造設備大型化武生工場増設
1977

王貞治本塁打世界記録

 
1978昭和53年
 
マスク基板販売開始
1978

成田空港開港

 
1979昭和54年
1月
正英石英硝子(株)子会社化
2月
九州事業所(現 九州工場・九州営業所)設立熊本県菊池郡大津町 / チューブ・ボート加工開始
1979

英国サッチャー首相誕生

 
1981昭和56年
2月
H-ZUG稼働本格的なチューブ生産開始 / 武生工場
1981

スペースシャトル初飛行

 
1983昭和58年
6月
資本金4億円に増資
8月
(株)福島信越石英設立福島県郡山市 / S-ZUG技術取得
12月
(株)福井信越石英設立福井県武生市(現越前市)
 
 
1984昭和59年
2月
(株)福島信越石英操業開始
2月
S-ZUG稼働ロッド・小形状TUBE生産開始
3月
(株)福井信越石英操業開始武生工場内でスタート
6月
(株)福井信越石英自工場完成福井県武生市(現越前市)萱谷町
8月
(株)山形信越石英誕生正英石英硝子(株)から改称
11月
本社移転移転先:東京都新宿区西新宿
12月
崇越石英製造廠股イ分有限公司設立台湾 / 信越石英(株)60%、崇越貿易廠股イ分有限公司40%出資
1984

ロス五輪、カール・ルイス大活躍

 
1985昭和60年
2月
永信石英(株)設立韓国 / 永昌産業50%、信越石英(株)25%、へレウス社25%出資
2月
石英技術研究所設置福島県郡山市
6月
基幹業務システムの導入
1985

青函トンネル本杭貫通

1986昭和61年
5月
相原照彦代表取締役社長就任
8月
(株)福島信越石英水害被害豪雨で谷田川氾濫 / 工場床上浸水
9月
東北営業所開設(株)山形信越石英内
1986

チャールズ皇太子・ダイアナ妃来日

チェルノブイリ原発事故

ファミコンブーム

 
1987昭和62年
8月
Syn-Q操業開始直江津の設備全面移管
9月
オプティクス製造開始武生工場内
1987

国鉄民営化、JRへ

 
1989平成元年
3月
福島信越石英(株)を吸収合併信越石英(株)郡山工場となる
4月
上越営業所(現 北陸営業所上越駐在)開設新潟県上越市
1989

消費税3%実施

ベルリンの壁崩壊

 
1990平成2年
2月
(株)アドマテックス設立トヨタ自動車(株)55%、信越化学工業25%、信越石英(株)20%出資
4月
広島営業所開設広島県三原市
8月
H-ZUG設備移管武生工場から郡山工場に全面移管
11月
宮崎分工場・営業所開設宮崎県宮崎郡田野町
11月
へレウス・シンエツアメリカ社設立米国 / 信越石英(株)75%、へレウス・アマシル社25%出資
1990

日本人初宇宙飛行

 
1992平成4年
4月
へレウス・シンエツアメリカ社稼働石英るつぼ製造開始
10月
社報Fusion 創刊
1992

バブル崩壊

1993平成5年
5月
菅原太郎代表取締役社長就任
5月
不透明石英品開発石英技術研究所
1993

皇太子様雅子様ご成婚

 
1994平成6年
6月
社内向け教育資料「若人の一層の成長を願って」作成
 
1995平成7年
8月
松﨑浩代表取締役社長就任
 
瀋陽Shenyang United Quartz, Inc.(現Heraeus Shin-Etsu Quartz (China) Inc.)に資本参加中国遼寧省 瀋陽市
1995

阪神淡路大震災

地下鉄サリン事件

 
1997平成9年
 
Heraeus Shin-Etsu Quartz Singapore Pte. Ltd.資本参加へレウス50%、信越石英(株)50%出資
1997

消費税5%

 
1998平成10年
 
資本金10億円に増資
1998

長野五輪

 
1999平成11年
 
佐世保工場設立長崎県佐世保市
1999

大手都市銀行の大再編

 
2001平成13年
 
WEBサイトオープン
2001

ITバブル崩壊

 
2002平成14年
2月
宮崎工場・宮崎営業所閉鎖
2002

日韓ワールドカップ

 
2004平成16年
9月
郡山工場にてCM-1の量産開始
2004

プロ野球で初のストライキ

 
2005平成17年
3月
(株)山形信越石英にて加工品のSST対応を本格化
2005

郵政民営化法公布

 
2007平成19年
7月
(株)山形信越石英の増築建屋竣工
2007

年金未記録問題が発覚

 
2008平成20年
9月
武生工場の新A工場竣工
11月
サンゴバンの石英部門を買収
2008

リーマンショック

 
2010平成22年
1月
郡山工場にて大型ブロックの生産開始
2010

小惑星探査機「はやぶさ」帰還

 
2011平成23年
3月
東日本大震災で郡山工場・(株)山形信越石英被災
2011

東日本大震災

 
 
 
2012

欧州財政危機

 
2014平成26年
 
へレウス・シンエツアメリカ社閉鎖
 
 
2016平成28年
4月
熊本地震で九州工場被災
2016

熊本地震

 
2019令和元年
10月
郡山工場水害被災
2019

天皇陛下が即位、「令和」に改元

2020令和2年
6月
加藤俊幸代表取締役社長就任
2020

新型コロナウイルス感染拡大

 
 
 
2021

東京オリンピック・パラリンピック

 
2022令和4年
2月
創立50周年
6月
(株)山形信越石英、(株)福井信越石英を吸収合併
 


 
 
 

売上50億円突破 創業から11年

記念すべき、年間売上50億円を突破したのは1983年2月期。会社設立から11年の年月がかかりました。最終的には67億円の売上で、翌年にはいっきに100億円を突破するなど、急成長を遂げる時期でした。会社の最初の売上計上は1973年2月期(第2期)で、当時の売上は5千4百万円。先行する石英メーカーには全く足元にも及ばない状況でしたが、10年かけて、ようやく業界内でも認識されるようになりました。

売上50億円を目指していたころ、社内資料として
創業10年を振り返る手書きの社史が作られました

石英グループ社員数 50×10人突破

石英グループとして山形、福井の両子会社を含めた従業員数が50人の10倍500人に達したのは、1992年2月期。設立から20年目です。巷ではバブル崩壊の兆しが見え始めた頃。当社の売上はこの年、前年に比べ落ち込みましたが、PC業界ではエポックメーキングなwindows3.1が発表され、PCブームが到来。半導体市況も活況を呈し、当社も再び売上拡大に向かっていくのでした。

加工品営業マンは10年で
走行距離50万km突破

当社の主要製品の一つ加工品のユーザーは半導体や半導体製造装置メーカー。日本各地にその製造拠点があります。当社の営業マンは製品を積み込めるワゴン車を使って、長距離を運転して訪問します。コロナ前までは、1日の往復走行距離が500kmを越えることも珍しくありませんでした。まもなく営業歴40年になろうかという当社のレジェンド営業マンの若手時代の営業車の年間走行距離は5万キロ。10年で累計50万キロ突破しました。

営業車も30年ほど前までは乗用車タイプのワゴン車を使っていました。
その後、200mm、300mmとウェーハ大口径化に合わせて当社加工品も大型化、
現在はワンボックスワゴン車が主流

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